小児科専門医 周産期(新生児)専門医。母乳に関して長年研究を行う母乳のスペシャリスト。
著書に「これでナットク母乳育児」「赤ちゃん安心ナビ」「エビデンスにもとづく早産児母乳育児マニュアル」「母乳育児支援講座」など。
1987年 昭和大学 医学部卒業
1993年 米国留学 Habor-UCLA Research fellow
1994年 Univercity of Miami, Jacson Memorial Hospital Research fllow
1995年 葛飾赤十字参院小児科にて勤務
1999年 千葉県 こども病院 新生児科 医長
2005年 昭和大学医学部 小児科 准教授
2014年 昭和大学江東豊洲病院 教授 こどもセンター長・日本初の母乳バンク開設
2015年 子育て・母乳育児支援NPO KOTOCLO代表理事
2017年 一般社団法人日本母乳バンク協会設立
2018年 昭和大学医学部 小児科学講座 主任教授
うまくさく乳ができないのですが、何かコツとかはありますか?
おっぱいだけで育てているのに、さく乳では上手くしぼれないというお悩みはよくあることです。
赤ちゃんより"優れた"さく乳器はありませんので、ご自分でさく乳するとうまくしぼれないのはごく当たり前なのです。
しばしば、"さく乳しても〇〇mlしかしぼれません、おっぱいを十分作れていないと思います"とおっしゃるお母さまもいらっしゃいますが、おっぱいが作られているのと手でさく乳できるのとは同じではありません。
手でさく乳するにはやはりテクニックが必要ですので、専門家に相談してテクニックを教えてもらうことが大切です。
また、母乳をだしてくれるホルモンは、お母さんがリラックスできる状況ででてくれます。
なので、心がやすまる音楽を聴いたり、おっぱいをあたためたり、楽な姿勢をとったり、工夫してみましょう。
つらいばかりでは続きませんし、おっぱいも出なくなってしまいますよ。
さく乳器を使うときは、まずは説明書をよくよんで、消毒の仕方、使い方を理解してから使ってください。
乳頭がはいるさく乳口のサイズが大きすぎると乳輪まで吸い込まれて、むくみの原因となります。
また、サイズが小さすぎると乳首がさく乳口にすれてしまいます。ご自分にあったサイズを探すことも大切です。
また、強さも強ければよいというわけではありません。耐えられる強さよりすこし弱めが、効果的にさく乳できる圧といわれています。
さく乳は赤ちゃんがNICUに入院するなど特別な場合だけ必要な行為と思われがちですが、決してそんなことはありません。
例をあげるとみなさんは非常食と水を備蓄していますね。赤ちゃんにとっても冷凍庫にさく乳した母乳があればとても助かることもあるでしょう。
⇒さく乳器の紹介
1. 母乳を出やすくする
・温かくぬらしたタオルを、搾乳する数分前に乳房にあてがう。
・搾乳する前に乳房をやさしくマッサージしたり(図:乳房マッサージ)、乳房を温めたりして射乳反射を促す。
・ストレスを和らげるためにリラクゼーションの手法を用いる。
・児のそばで搾乳する。児のことを思ったり、児を見たりする。(写真を見ることも有効)
・リラックスできるよう環境を整える。楽な姿勢で。
・指で乳頭をつまんでやさしく刺激する(射乳反射を促す)。
・母親が搾乳を練習することで射乳反射が生じやすくなる。
・搾乳になれてくると、母乳の流れをよくしようと促さなくてもよくなるだろう。
2. 乳管を見つける
・母親に、乳輪の境目近くで、乳頭から親指ひと関節あたり(個人差あり)をそっと触ってもらう。
そこが他の場所と違っているとわかるまで探してもらう。
・母親は「ひもの結び目」「豆が並んでいるよう」と表現するかもしれない。これが乳管である。
・人差し指を乳管の上に、親指をその反対に置くか、親指を乳管の上に置き、人差し指をその反対に置いてはさむ。
・反対の指やもう一方の手で、乳房を支える。
3. 乳管の上から乳房を圧迫して搾乳する。
・母親に親指と人差し指で胸壁に向かってやさしく押してもらう。
・次に親指と人差し指で同時に乳管をはさんで圧迫する。
・圧をかけたり、緩めたりすることを繰り返すうちに、乳汁が滴り落ちる。
・オキシトシン反射(射乳反射)により飛ぶようにでてくることもある。
4. 乳房のあらゆる部分から繰り返し搾る。
・母乳の流れがゆっくりになったら、親指と人差し指を乳輪の境目のあたりの他のところに移動させて搾乳する。
・両方の乳房から搾乳する場合は、母乳の流れがとまったら、反対の乳房を搾乳する。
・必要に応じて、もう一度マッサージしてもよい。
・必要に応じて、両方の乳房で数回繰り返す。
●手による搾乳
利点:道具が少ない・低コスト・どこでもできる
欠点:母親の肩こり・手首の痛み、介助がないと効果的に搾乳できないこともある
●搾乳器による搾乳
利点:肩こりや手首の痛みなどが生じにくい・慣れればリラックスしやすい
欠点:コストがかかる・道具が多い・洗浄が必要
さく乳するとき、衛生面が心配です。どんなことに気を付けたらよいですか?
母乳は無菌ではありませんが、母乳に混在している細菌の多くは皮膚常在菌です。
病原性がないのであれば、細菌がいること自体は悪い訳ではありません。
そうはいっても清潔にさく乳することは病原菌が母乳に混じらないようにするためにも大切なことです。
なによりも大切なことは、まず、しっかりと手洗いをおこなうことです。
爪の間、指の付け根、手首などは特に気を付けて洗うようにしましょう。
さく乳器を使用した場合は、パーツに分解して、それぞれ適切に消毒しましょう。
・部品のうち、母乳と接した部分は冷水でよく洗いましょう。
・その後すべての部品を食器用洗剤などで洗ってよくすすぎます。
・その後は市販の消毒薬剤につけるか、電子レンジ消毒容器を使って滅菌しましょう。煮沸消毒するのもよい方法です。
・ポータブルのさく乳器や手動のさく乳器は、本体も他の人と共用しないようにしましょう。
病院水準の電動さく乳器の本体は共用しますが、それ以外のパーツは自分専用のものを購入しましょう。
お母さんにお伝えしたいことをまとめました。
① 母乳は無菌ではありません。
② 母乳には無数の抗菌物質(細菌を殺してくれるもの)があり、搾った母乳の中でも細菌が増えないのです。
③ 搾乳する前に乳房を消毒する必要はありません。
④ お母さんの母乳を与えることにより、赤ちゃんに常在菌(ふつうにわたしたちの身体に住み着いている細菌)が着きやすくなります。
⑤ 乳頭・乳輪を消毒すると、乳頭にダメージを与えるかもしれません。
⑥ 搾乳するときに始めの数mlを捨てる利点はありません(それによって母乳中の細菌が減るという根拠はありません)。
仕事をしていても、母乳育児を続けられるでしょうか?
仕事と母乳育児の併用に不安を感じていらっしゃるのですね。
おっぱいをあげることはお互いに離れた時間を埋める最高の方法です。
コツは、離れている時のさく乳と、一緒にいる時のさく乳のタイミング、そして家族の協力でしょう。
赤ちゃんが集団生活に入るなら、ウィルスやばい菌から守ってくれる母乳を飲ませてあげたいものです。
お母さんにとっても、さく乳の時間はホッとできるひとときとなるでしょう。
お母さんがフルタイムで仕事をしているときはさく乳をする必要があります。さく乳する時間をとれるよう妊娠中から会社の方と相談してみてください。さく乳した母乳はすぐに凍らせておくと翌日保育園にもっていくこともできます。
保育園に冷凍庫がない場合、冷蔵庫での保存でも24時間使用できます。
朝、赤ちゃんを預ける前に授乳をする、お迎えの時、園で授乳してから帰宅する、夜、欲しがる時は欲しがるだけ与えるなど、いつ授乳時間がとれるかイメージして事前に相談しておきましょう。
もしだんだん母乳が出なくなったとしても、これまでお母さんがあげてきたおっぱいは赤ちゃんの免疫を高めてくれています。赤ちゃんがほしがるときには、ぜひこれからもおっぱいタイムをとってあげてくださいね。
(参照:「何かさく乳のコツはありますか?」)
保育園から冷凍母乳は受け入れていないと言われました。粉ミルクが普通でしょうか?
母乳を冷凍して保育園でもわが子に与えてほしいと思われていたのでしょうね・・・すばらしいことです。
受け入れしないといわれるとがっかりしてしまいますよね。どうしてこれまで母乳だったのにいまさら粉ミルクをあげなければいけないのだろう?預けるなら粉ミルクが普通なの??と頭の中で「?」がいっぱいになりそう。
お母さんが変だなと思われるように「保育園に預ける=粉ミルク」はあくまでも保育施設にかかわるひとたちの価値観です。
ほ乳動物である人間としての"ふつう"は冷凍母乳を解凍してあたえてもらう。ただ、保育園がたりない、人手が足りない、預けられない、という今の状況では保育施設の人たちの価値観に従うしかないこともあるかもしれません(もしくは戦う??)。
お母さんが働けないことのデメリットも考えなければならないですからね。
赤ちゃんの月齢やお母さんと離れる時間によって、園と対応を相談してみましょう。冷凍母乳に対応していない保育園の場合でも、お迎えにいってすぐ"おっぱい"はできますから、ぜひ一緒にいるときはたのしいおっぱいタイムをとってくださいね。
保育施設で母乳を与えることの利点がある一方で、保育施設で母乳の取り違えがおこると悲惨な結果になることも考えられます。そこまで母乳を与えたいのなら、ほかの保育園を探してください・・となっても不思議ではないのかもしれません。
保育施設に預けるということは、赤ちゃんはこれまで曝露されたことがないウィルス・病原菌にさらされることになります。
当然、感染の機会はふえるわけです。母乳には産後1年をすぎてもなお児の感染予防に働くリゾチーム、ラクトフェリン、分泌型IgA抗体が含まれます。それ以外にもそのときに流行している病原体に対する特異抗体も母乳にはでてきます。
これらによって、感染症を防げなくても軽減することが可能になります。理想と現実のギャップはありますが、冷凍母乳や母乳育児の価値が保育施設でも理解されるとよいですね。
資料 参考まとめ:「母乳バンク」ってなんですか?
母乳バンクは、あらかじめドナー(提供者)登録したママが母乳を預け、その母乳をドナーミルク(提供された母乳)として細菌検査や低温殺菌処理をしてから冷凍保存し、このドナーミルクを必要とする赤ちゃんに供給するという仕組みになっています。
腸や未熟で合併症にかかりやすい、早産で生まれた赤ちゃんが主な対象となります。
未熟な赤ちゃんには、人工乳よりもおなかにやさしい母乳が必要なのです。赤ちゃんにとって最良の栄養は母乳です。
感染症や未熟な赤ちゃんがかかりやすい眼や腸や肺の病気から、赤ちゃんを守ってくれるからです。
今は母乳バンクは昭和大学江東豊洲病院の中だけですが、今後日本で必要とする赤ちゃんに届けられるよう活動を広めていく予定です。
児の栄養として、その児を出産した母親の母乳(own mother's milk;OMM)が最適であることに疑う余地はない。
特に早産児では、母乳の重要性が多くの論文で示されている。
もしも医療スタッフの適切なサポートによってもown mother's milkが得られない場合、米国や欧州の学会(米国小児科学会:American Academy of Pediatrics;AAP、ヨーロッパ小児栄養消化器肝臓病学会:European Society of Paediatric Gastroenterology,Hepatology and Nutrition;ESPGHAN)は、認定された母乳バンクから提供される母乳「ドナーミルク」を児に与えるように推奨している。
これは欧米諸国には母乳バンクが設置されているため「母乳バンクから提供されたドナーミルク」という選択肢があることに基づいている。母親の疾患や状況によりown mother's milkが得られない場合も同様に、人工乳よりも母乳バンクから得られるドナーミルクが優先されている。